あなたは将来「寝たきり老人」になりたいですか?なりたくないですか?
「長寿国ニッポン」光と闇。現在、日本には約120万人の寝たきり老人がいると言われています。ウーッ なりたくなくてもなってしまうものなの?
ちょっと回りを見てみるとカンバンには書いてないけれど皆が知っている○△老人病院。老人保健施設(老健)やら特別養護老人ホーム(特養)やら、豪奢だけど田畑の地区に老人向け建造物がある。街から離れて駐車場は広く、そして一応リハビリルームもつくってある。
厚生省はゴールドプランを平成元年につくった。何10年にも及ぶ老人対策プロジェクトの立ち上げである。
平成12年介護保険が導入され、重度障害者を取り巻く環境に混乱を与え、この春、平成18年度の診療報酬改訂では病院から老人を追い出そうとする意図があるとしか思えない変化があった。
ニッポンという国は、国民をどうしたいのだろう?
省庁の担当者が変わる度に異なる方針が見え隠れする。
平成11年から3年間、私が県の地域リハビリテーション(以下リハと略)推進事業の作業部会長をしていた頃、特に行政や役人さん達と関わりが多かった為随分勉強させて頂いた。一般企業や常識的社会では有り難い体験をたくさんさせて頂いた。
ただ一言、感想を… 「変!」
次々回のシリーズ 社会観で解決策を考えてみたいと思います。
ところで何故私はリハ医になったのだろう?
整形外科の時、術後のリハがとっても重要なのだと気付いた。その後、予防的リハが大切だと気付いた。あまりにお粗末な福祉制度の中で、障害を持った人達がもっとアピールできるには… もっと笑顔に。
そして家族の苦労が少しでも軽減できるには…
どうしたらいいのだろうと悩んでいた。
神経内科研修医の時、往診患者さん40数名担当になった。初めてあるお宅に伺った時、生涯決して忘れられない体験をした。
私「ごめん下さい。□×病院の往診でーす。」
家人は留守のようだ。
同行の看護師さんが「いつも居ないんです。先生こちらです。」と言って玄関を上がり左手の廊下を進む。
右側には台所、椅子にはランドセルが置いてある。少しづつ異臭が漂ってくる。案内された部屋のふすまの前で、私は相当な覚悟をした。
少し自分の足が震えているのを感じながら、ノック、ノック「失礼しまーす」
ザッとふすまを開けた。
薄暗い6畳間に体重35kg位と思われる御老人が1人、ふとんのへりを気にしながら這い廻っていた。
廃用性の筋萎縮と思われる。立位や座位は不能。でも麻痺はなさそーだ。呼吸音も心音もしっかりしている。一言も発せず会話は成立しない。枕元にはひからびたかじりかけのおにぎり1ヶ。シーツには御飯粒があちこちで固まっている。浴衣ははだけ、おむつははずれかかっている。一通りの診察を終えカルテに記載し終えて、私は涙ぐんでいた。
「温タオルをたくさん持ってきて頂戴!」
私は部屋のゴミを片づけ始め掃除をした。看護師と2人でその方の全身を清拭し、おむつを変えた。
「こんなこと無意味だ! 毎日私が来る訳じゃないし、数日後はまた同じ状態になるじゃないか!」
私はその方の肩に手を置き「頑張ろうね」
でも空虚な眼差しはおびえたままだった。
そう、色々な強烈体験を通し、私はマニュアルとおりの医者でなく、また専門領域に固執せず、保健・医療・福祉全般の領域で医のあり方を問いたいと思ったのです。それで結局リハ医なのかな?
次回は寝たきりに何故なるのか、考えたいと思います。
