「TVの記者会見は見てても信用できないし、何だか腹が立つ」
という患者さんが多い。また私もそうだ。何故かというと、東電と保安院と官房長官の立ち位置が異なるにも拘わらず、つまり責任の取り方や話す内容は違うべきなのに同じことしか言わないし、しかも「事後報告」が殆んどだからだ。
本来、東電は事態の責任を厳しく受け止め、放射能測定値や原発の現状、それから下請け会社や作業員に関する情報も徹底して公表し、国民の状況が見えないことから来る不安を少しでも軽減するべきだ。
たまり水に短靴で足を入れる?? プロでないことは察しがつく。本当に作業できているのか疑問だ。作業員を調達してきたブローカーもいくつかあるのか? 長靴を使用していた作業員もいるのだから場当たり的だ。日当10万円?20万円? 危険な作業だと本人達は認識しているのか?
何だか、非人道的な東電の体質が見えてくる。東京消防隊のハイパーレスキューの方々は「ヒーロー扱い」なのに被爆された3人の作業員の方はブルーシートで隠され名前も出てこない。…都合の悪いことは隠している。だから信用できない。
次に、保安院については、エネルギー業界の監督者としての自覚が無いように見える。震災から10日経っても「プルトニウム、測っていません」とおっしゃる。はあ?? 「人類が出遭った最悪の物質」とも言われる放射性物質なのに測っていないなんて信じられない。採取から数値が出るまで10日程かかるのだが、3月末にようやく検出された旨が発表された。また、誰が言い出したかは不明だが、大量の流水にコンクリートを入れても固まるはずはないのに。何故そんな無駄なことを? 土木建築関係の知識がある人に確認すらしていないということだ。だから信用できない。
さらに政府は海外からの原発・放射能関連のエキスパートの援助を最初は断ったという。アメリカは震災後3-4日で申し入れをしてくれたのに。総理、官房長官はじめ、官邸で仕事をしている人達は何を考えていたんだろう?
自国で何とかできると思っていたとしたら放射能のことを知らなすぎる。保安院には有識者で構成されている委員会があるのだが、そのメンバー(大学教授が多い)に相談したのだろうか?
日本という国の政府は危機管理についてのシステムづくりやエキスパート養成をしっかりやってきていないということだ。だから信用できない。
さて、9.11は「グラウンド・ゼロ」という言葉を生んだ。私はこの度の東日本大震災と、そこから派生し顕わになった人災からの復興の大変さを「ソーシャル・ゼロ」という言葉で表現したい。日本という国が被災地を含め経済や自治体のあり方、政府の政策等々について、21世紀型の新しい国づくりにゼロから取り組む必要があること。つまり旧来の政策(思考過程や問題処理)では対応できない規模と内容である為、抜本的な反省を促すと共に、そして今までにない政策を現実に展開すべき価値観とビジョンを生み出す為の、まさに今が好機であるという意味を込めて。
