丸山リハビリテーション診療所 新潟漢方研究所

WebMasterの独り言2007-2011

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2007年1月24日

自宅に一畳ほどの広さの花壇があり、この秋 大根や春菊、かぶなどを育ててみました。肥料をあまりやらなかったので大きさは小ぶりで、大根なんかは売っているものの半分くらいの太さです。それでもとれたてのせいか味は濃くて、おいしく頂きました。自分で育てた野菜には愛着が湧いてきて、収穫するのが勿体ないくらいです。今まで野菜も含めて食べものはみんな、お金を出せば買えるもの、つまり「商品」であって「生命あるもの」という認識があまり無かったように思います。それが「飽食」につながっていたのかもしれません。我が家の野菜たちが食べ物のありがたさを気付せてくれました。

2007年2月26日

以前、他の病院で整形外科の研修をしていた頃のこと。患者さんの中でいわゆる心身症的な傾向を持つ方を診る機会が時々ありました。通常の鎮痛剤や理学療法ではよくならない、かといって手術の適応となるほどの所見がある訳ではない。その時は漠然と「この人、考え方を変えない限り治らないなぁ」と感じるのみで、どう対応してよいかわからず、またそれ以上追求もしませんでした。どうせ人間変わりっこない、という当時の私の人間観が、治療の幅を狭めていたといえます。今この診療所で、患者さんが実例を見せて下さるおかげで、人間いつでも変わりうる、いつでも成長できると私の考え方も変わりつつあります。

2007年4月6日

この冬を振り返ると2月までは暖冬小雪で、そのまま春になるかと思いきや3月は季節が逆もどりしたかのような寒い日がありました。また、年末にかけてのノロウイルスの流行や早めの花粉症の発生、インフルエンザの流行のピークが3月にずれ込むなど、病気の流行も例年と異なるパターンを示しました。シーズン前に、これらを誰が予測できたでしょうか。どう対策をたてれば良かったのでしょうか。国のしかるべき機関もこれから検証するでしょう(インフルエンザワクチンの選定株と流行株の相違や予防接種の有効率など…ただし今まではマスコミで大きく取り上げられたことは無かったですね)。私は、何が流行するか予測できない以上、本当の備えは免疫力が十分に働く状態にしておくことであると考えます。そのためには何を実践したら良いのでしょうか。巷には「こうすれば良い」とか「○○を摂れば大丈夫」といった情報があふれていますが、そう簡単にはいかないでしょう。ですが、毎月の「丸山所長の今月のメッセージ」の随所にヒントが書かれています。ぜひ参考にして下さい。

2007年12月28日

 永らく更新しないでおりました。申し訳ありません。
 さて、うちの所長は様々な面で類をみない人物と感じています。これからしばらく私の目からみたうちの所長像を記していきたいと思います。
 この診療所は所長の他に2人医者がいて、所長の指導を受けつつ診療にあたっています。開業してかつ(身内でない)後進の指導を行うということ、それ自体極めてまれではないでしょうか。私は他に聞いたことがありません。何故そうされたかは多くの理由があるでしょうが、一つには理想の医療を追求しつつ、それを広めていこうという意図があると思います(経営を最優先に考えたら決して選択しないことでしょう)。所長の今月のメッセージ2005年7月に「利己心と利他心を半々に生かす」というくだりがあります。これは我々に向けての自己統合へのアドバイスの一節ですが、所長自身は「全部が利他心」で行動されているのでしょう。実は私は本当にそういう人が存在することが信じられなかったし、今もそれがどういう心境、思考過程なのかすっかり理解できているわけではありません。ただし、はっきり分かるのは、所長は自身の能力が最大限に人類・地球のために役立つにはどういうしたらよいかと考えているということです。私はそのような人を他に知りません。

2008年7月29日

 またもや半年以上更新せず、ひとえに私の怠惰さの故。わざわざ訪れて下さった方々にお詫び申し上げます。
 さて、今回は私個人にとっての所長像を記します。ひとことで言えば「おっかない」存在です。スタッフに対して厳しい指導があるのは当然として、私に対してはとにかく思いっきり叱って下さる(それだけのことをしでかしているのですが)。そのとき私の頭の中は真っ白になり、ついで落ち込むというパターンを呈するのですが、その後、心の中の「もやもやしたもの」の一部がふっとばされて無くなっているのに気付きます。
 私の実家には職人気質の癇癪持ちの祖父がいて、幼少の頃、時々叱られるとそのおっかなさに頭の中が真っ白になった覚えがあります。子供心に将来は(おっかない師匠につく)職人の道には進むまいと思っていました。叱られる事がいわゆる「心の傷」になっていると思います。
 所長は「相手にとっての最善」を念頭に置かれています。私にとっては克服すべきことのために、敢えて「おっかない面」を見せて下さっているのだと思う(あるいは単に私が鈍感できつく言わないと応えないからかもしれない)。考えてみれば本当にありがたいことですが、今の私は緊張の日々を送っています。

2009年1月30日

 ごぶさたしておりました。結局2008年は1回しか更新しませんでした。読者の皆様にはお詫び申し上げます。
 さて、所長曰く、「人間苦手な事があってはならん」 「私は(スタッフには)苦手な事をやらせます」。つまり、潜在的に能力があるのに、本人が苦手と思い込んでいて避けて通っていることに取り組ませて下さる。私の場合は自己表現に問題があります。幼少の頃から、思った事を下手に口に出しては気まずくなる経験を重ねてきたように思います(例:医学部で臨床実習の際、外科の教授に「外科のイメージ」を問われ、「患者に苦痛を与える」と思った通り答えて唖然とさせてしまった)。そのうち口を閉ざすようになり、また文章を書いても無意識に「どこかで読んだ誰かの考えのマネ」になっていました。
 このページを書く事は私にとっての苦手克服の修練でもあるのです。昨年はまだ苦手意識が非常に強くてなかなか手が付きませんでした。本年は上手に考えを述べられるようチャレンジしていきますので、よろしくお願いいたします。

2009年7月27日

 年頭の決意も虚しく、更新せぬまま季節はすでに夏です。お詫びと反省ばかり続きましたので、どうして書かないのか、もう少し突っ込んで考えてみます。
 書こうとすると逃げたくなる。書き始めても「こんなんじゃダメだ」と途中で投げ出す、の繰り返し。何がそんなに嫌なのか。ちょうど、自分は今まで抑制していた自己表現を始めようとしている段階のように思う。誰かの表現を借りて当たり障りのない文章を書いていたのが、それでは自分で納得がいかなくなってきた。でもやったことの無いことなので、億劫だし、やり始めてもうまくいかない。あとは人の評価を気にしすぎ。「人に受け入れられないこと」「失敗すること」に対する恐怖心が強い(所長からは様々な場面で「かっこつけんでいい」と何度もご指摘あり)。本来、人間には自己表現したいという衝動・欲求があるはずで、それを押さえつけているとは、考えてみれば愚かというか、哀れというか、あるいはモッタイナイというべきか。
 というわけで、恐怖心を克服すべく、毎月更新を目標に再開させていただきます。

2009年12月29日

 5ヶ月ぶりの更新となりました。毎月更新の約束が果たせず、すみません。
 さて、所長のメッセージにもあるように、当ホームページをリニューアルしました。所長が何か指示されるときは目的をいくつも意図されています。今回のホームページの件もそうです。メッセージの中で触れられている事以外に、スタッフのチームワークの向上というねらいもあったと思います。実際に作業を通じて、お互いの長所・短所を知り、自分の役割を認識するきっかけになったと感じています。
(以下スタッフをイニシャルで表記)Y.S.さんとM.S.君は中心となってけん引役を果たし、腰の重い私の尻をたたいてくれました。H.S.君には未経験でしたがイラストと画像処理を任せたところ、うまいことやってくれました。S.I.さんのデザインセンスはおもしろかった。もっと全体に反映させてもよかったかな。H.M.さんはみんなの助手に回ってもらったけれども、もっと役割を与えれば良かったと反省。私はスタイルシートという自分にとっては新しい概念を理解するのに時間がかかりましたが、固くなった頭をほぐすのにいい機会でした。
 出来上がったホームページには、みんなで苦労しただけに愛着すら感じています。自画自賛したい気持ちでいっぱいですが、ご覧になる皆様の評価を待ちたいと思います。
 それでは、良いお年をお迎えください。

2010年1月26日

あけましておめでとうございます。
 私の今年の目標は「やるべきことを後回しにしない」です。所長からずーと指摘されている、何年来もの課題ですが、今年こそ改善したいと思います。達成度はこのページが毎月更新されるかどうかで、すぐわかります。既に遅れがちです。挽回しないと。
本年もよろしくお願いいたします。

2010年6月22日

 新年の目標が達成されないまま半年が過ぎました。いつも申し訳ありません。
 先月で診療所の開設から丸7年が経過しました。その間、所長のご指導を賜って参りましたが、相当ご苦労をかけているようです。所長は、私の欠点である怠惰で自己否定が強い、ひねくれた見方をするということに面と向かわせてくださりました。これは簡単なことではありません。欠点と向き合うのですからとにかく逃げ出したくなります。そうならずに今まで私がおいてもらえたのも、所長の愛と忍耐と絶妙の「アメとムチ」の加減のなせる術でありました。
 おかげで私はようやく自分の欠点が自分の全部でなく、一面であることに気づき始めています。以前は「ひねくれた自分」を自己表現しようとしていた(所長曰く「かっこつけていた」)ので筆が止まっていたのかもしれません。これからは隠れている「素の自分」を表すことにチャレンジしてみようと思います。

2010年9月21日

 7月・8月も書きませんでした。すみません。
当診療所のスタッフルームは、所長を除くスタッフは仕切りなしの長机に3人ずつ向かい合わせの席になっています。先日のミーティングの中で、所長は(我々に反省を促すお話の流れで)それぞれ正面の人を見なさい!お互いの長所と短所が逆転している人を配置している、向かいの人から学びなさい!という趣旨を言われました。お互いを見て、周りを見渡すと、なるほど、その通り!その3組の私の解釈は:
1.主張するけど聞いてない人・感じているけど言わない人
2.情に流される人・正義感の強い人
3.人生の前半を左脳ばっかり使ってきた人・右脳が主に発達している人
 言われるまで全然気がつきませんでした…

2010年10月20日

 所長はスタッフを組み合わせて仕事を与えることがよくあります。今回は職員旅行の幹事を、前回書いた「右脳の人」Iさんと「左脳の人」私のコンビに任されました。行き先は決まっていましたが、行った先でのスケジュールと交通手段を決めなければなりません。楽しむことに関しては俄然張り切るIさんはさっさとスケジュールを作ってくれました。それを見た私の感想は「なんか遊ぶことばっかしだな…」。私の役割は交通手段の細かいところを調べることとなりました。行き帰りはいくつか鉄道のルートがあります。山の中を走るローカル線を乗り継いで1日かけて帰ってくる案も出しましたが、テーマパーク行きを優先され却下されました。
 「右脳の人」が出してくれたアウトライン(夢・イメージと言い換えても良い)を「左脳の人」が現実的に実行できるよう細部を煮詰める、という経験をしたわけです。こういうことを1人の人間ができるように両方の脳の働きを統合すべし、と所長は言いたかったのだろうと思います。

2010年11月19日

 先日、所長がスタッフに与えられた課題はコンピューターゲームのマインスイーパーをすること。Windowsに標準で付属している、隠れている「地雷」を見つける一種のパズルですが「月間ハイスコア」を出した者に賞を贈られるとのことです。ルールは「中級」でマーク付け無し、つまりマウスの左クリックだけで解く。目的は所長曰く「右脳を使って」「二次元の位置認識を発達させること」で「のんびりやっていても効果がない」。特に私のために計画してくださったのだろうか。一時期よく遊んでいたゲームなので負けると結構悔しく、つい夢中になってしまいます。他のスタッフも帰り際にパソコンに向かってカチカチやっています。現在のトップは"hidemitsu"の123秒で、私の最高は174秒です。

2010年12月20日

 マインスイーパーの続き。11月の月間賞はhidemitsuに持って行かれました。他のスタッフとはタイム差が開きすぎて勝負にならなかった。12月?1月は上級編にチャレンジです。
 ところで、所長公認でゲームに熱中できることは気分がいい。痛快な感じさえする。それは自分のTVゲームに対するイメージがネガティブだからだろう。子供の頃に形成されたイメージは「学校、親が推奨しないもの」であり、それを強く言われた覚えはないが自ら感じ取って(自主規制して)欲しがることすらしなかった。ここで、小学生の頃にすでに、権威者の言うことに対して何か違うと思っても反論しない習慣ができてしまっていたことに気づく。今回、ゲームがある種の能力開発に利用できるという体験から、ある固定観念が外れた。物事をありのままに見ることの実例をまた一つ所長から教えていただいた。

2011年1月21日

 あけましておめでとうございます。
 今年の自分の課題は、引き続き「怠惰の克服」です。
 年頭から所長の厳しい御指導を頂いています。それを素直に受け止め、ただただ努力すべし。しかし実際は保身と言い訳で日々を過ごし、それが人にバレやしないかと緊張しているから血圧が上がる。楽をしたいという心が医者の責任の重さを「きつい」と感じ、努力を怠った結果である今の実力で日々診療することを「つらい」と思う。利己心の強い自分はまるっきり医者向きではない。しかし医者を続けるならば克服しなければならない。所長が言われるようにホームページの所長のメッセージを理解し、使ってなかった利他心を発揮して自己統合を果たすしかありません。

PS:所長の応援メッセージ

 当診療所は、ありとあらゆる疾患の方々を受け入れています。西洋医学で云う専門科で患者さんを区別することはありません。となると、その勉強量は他の医者と比べられない位の膨大なものになります。
 ましてや、現存する医学・医療の中では統合医療ほど難しいものはありません。西洋医学と東洋医学を組み合わせ、診断・治療・評価を綿々と繰り返していくのです。一人ひとりの違いを見失しなうこと無く、沢山の選択枝の中から、たった一つの最善の方法を提供しなければなりません。時に病診連携で併診したり、検査や手術を依頼したり、また経絡という目に見えない「気」の流れを探したり…と。
 現在、大病院では総合診療科というものが増えてきています。当診療所に勤務する(修業している?)2人のドクターは、その科に配属したら驚異的な働きをみせてくれることでしょう。

2011年2月17日

先月のひとりごとは、精神的に落ち込んでいる最中に書いたが、自分の駄目なところを認める告白だったと思う。所長の励ましを頂き、ありがたくて涙が出た。いったん自分の欠けている点を認めた後は多少気が楽になり、それではどうしたら良くなるだろうと前向きに考えられるようになってきた。かといって怠け癖が劇的に良くなったわけではないが、少なくとも改善に向けて試行錯誤している。

2011年3月28日

 3月11日午後2時46分頃、診療中だったが横揺れが数分続いた。棚の物が落ちるほどでもなく収まってからは通常通りに診療を再開した。当診療所が入っている建物は免震構造で、地震の際は独特のゆっくりした横揺れとなり、揺れが収まるまでやや時間がかかる。後で東北・関東にわたる大地震であったと知った。
 それから2週間余り経つ。3月28日現在の報道では死者・行方不明者は2万7千人に上る。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
 今回の大震災は直接の被災はない自分にとっても余りにも衝撃が大きい。今まで考えもしなかったことが沢山思い浮かぶ。被災された方々のため何ができるか、もし津波が発生したらどこに避難する?、原子力はやっぱり安全でない、石油に偏ったエネルギー政策は変えるべき、政府の不手際ぶりに憤り、対照的に被災者受け入れなど自治体同士が連携していることを知り感心する…等々。
 今まで他人事として関心を向けなかったことが震災を期に自分と直接関わっていることに気づく。この体験を、所長のいつも言われるように「色々な事に意識を向ける」ようになるきっかけにしたいと思う。

2011年4月21日

 診療所が臨時にお休みとなった4月11日、私は被災地である宮城県亘理町に赴き、現地の災害ボランティアセンターに登録して1日ボランティア活動に携わった。事前に作業内容は津波で泥をかぶったお宅の片づけが主だと聞いていたので、そのつもりで準備していったが、たまたま避難所での仕事があったので(体力面での不安もあり)そちらに手を挙げた。津波で家を失った10人ほどの高齢の方々が、普段は老人保健施設である避難所で過ごされていた。お話を聞いたり一緒に体操をしたりして、とかく不活発になりがちな避難所生活の援助をした。
 現地は4月7日の大きな余震により断水していたが、ガソリンスタンドもスーパーも営業していて日常をとりもどしつつある一方、津波の被害に遭った地区は壊滅し全くの別世界だった。ある被災された方が「(自宅の)土台しか残っていない」と語ってくださったが、どう慰めてよいのかわからなかった。とにかく、ショックだった。
 果たして、今回自分が被災地入りした行動は適切だったのか、そしてこれからはどう行動したらよいのか、今も自問は続いている。そんな中、4月18日付所長のメッセージの最後私個人が頑張れることと思えるのは以下を読むと、「君たちも自分なりに何が頑張れるか考えてみなさい!」と言われているように感じるのでした。

2011年5月24日

 ゴールデンウィーク前に所長に休み中の予定を訊かれた。自分は被災地にボランティアに行こうか迷っているところだったが、「子供たちに被災地を見せてみたら…」と自分の発想に無い提案を頂いた。小学校6年生と3年生の娘と妻の4人で車で宮城県を訪問することにした。先月赴いているので現地のお邪魔にならないようにとルートを考えた。前日に山形県の蔵王近くに宿泊し、翌日の午前中に高速道路を経由して仙台に入り、そのまま海岸線にほぼ平行している常磐自動車道を南下した。海岸線から2km以上離れていているのだが、車窓から海側を見ると泥をかぶった田んぼと思われる原野のような光景に自動車がとんでもないところに傾き、枯れた松、つぶれたビニールハウス、人影のない家々…。被災地の一部を見たに過ぎないのに、あまりにも広い範囲の被害に圧倒されたのか、上の娘は黙って外を凝視していたし、下の娘は見ていられないのかそわそわとして落ち着かなくなった。妻もショックを受けた様子で現地を出るまで口数が少なかった。その後、子供達の様子に別段変わったことはないし、特に感想を訊いていないが、現地での様子から察するに、何がしかの強烈な印象は残っているだろう。
 自分自身は、普段の意識からは震災が多くを占めることはなくなってきた。しかし、例えば災害ボランティアセンターのブログを読むと、即座に現地にいる感覚がよみがえる。たった1日しか参加していないが、自分が彼らに仲間意識を持っていることに気づく。これをきっかけに、自分の中にある個人主義的な傾向が、何事も「他人事でない」という感覚に変わっていけたらよいと思う。

2011年6月21日

 最近、自分はどうして自己否定が強いのか考え始めている。ただ悩んでいるのではなくて、所長の年余に渡る御指導のお陰で、自分の内面の問題に取り組み始めた、と自分では思っている。以前は自分の人生を否定的にとらえ、振り返ることさえ嫌がっていたが、これからは過去の経験を良いも悪いもなく見直して、その結果自分がどう変化していったのか検証しようと思う。人のせいばかりにするつもりは無いが、社会的な影響も明らかとなれば、同世代の方々の同様の問題解決に役立つだろう。
 ちなみに私が中学、高校を過ごしたのは大学入試共通一次試験が行われていた頃、すなわち偏差値が学力の尺度として前面に出ていた時代と一致する。また高校生の頃、友達と「俺達もっと早く生まれていたら絶対学生運動してたよな」と語ったことを思い出す。実際は、その頃の周りの男子生徒の主な関心事は、勉強、部活、さもなくばアイドルグループの「おニャン子クラブ」であって、個人主義的な風潮だったことが伺える。
 今のところ考えは浅く、何も答えが出ていないにも関わらず、不思議と気持ちは前向きで解決 できるような気がしている。

2011年7月21日

 先日、所長からJ.クリシュナムルティの「生の全体性」という本を薦められた。クリシュナムルティは難しいんだよなぁと内心思っていると、「この本は対話形式で読みやすいから、何時間かで読めるよ」と言ってくださったので、やや安心した。お借りして日曜日丸1日かかったが一気に読むことができた。
 前半は対話形式で、3人で議論をしている。後半はその内容をまとめた講話だった。一字一句を細かく理解しようとせずに通して読んだためか、内容を頭で理解して知識を得た、というよりは、ある印象あるいは気付きが読後に残った。いわゆる「目からうろこが落ちた」感じである。
それは
1.思考はどうにでも変わりうるもの
2.何を考えても良い。
と、書くと単純なことだが、自分は今までそう思えなかったことである。考え方を変えるのは難しいとか、こういう考えを持つのは良くないことだという思いに囚われていた。それらが自分の内面に向き合う際に抵抗となっていたと思われるが、かなり心理的に楽になったと感じている。

2011年8月29日

 先日、所長は御自身が服用される漢方処方をスタッフに味見させて下さった。所長は以前のメッセージにも書かれたように、たまに解毒の処方を服用される。今回の処方の味は解毒の漢方特有の苦味がベースだったが、まるでブラックのコーヒーに似て自分にとっても好ましく感じた。その処方内容は今まで見たことの無い、所長のオリジナルであり、生薬の使い方として非常に勉強になった。そこで早速試してみたくなり、夏ばて気味の自分用に処方を作らせて頂いた。所長の処方とは生薬の構成は異なるが、同様の苦味の効いた味に仕上がった。1日分の服用で身体はずいぶんと楽になった。
 この4月から所長の勧めで東京にて開催されている、ある漢方の講義に出席している。1ヵ月に1回、1年間のカリキュラムで、初心者向けに基本的な内容となっている。当診療所は漢方を学ぶには最高の環境のはずだが、所長は勉強の進みの遅い私達に別の刺激も必要と考えられたのかもしれない。実際、良い刺激になっていると思う。まず、わざわざ出かけてゆくことで気持ちが切り替わり、いわば「漢方勉強のモード」になる。もう1つ良い点は、講師の方々で、熱心で誠実さを感じる。「漢方ってこんなに素晴らしいもので、私も勉強中だけど皆さんにもぜひ分かって頂きたい!」という思いが伝わってくる。本当に漢方を好きでやっている方々だと思う。
 漢方の勉強は本を読んだだけで身に付くものではない、と再三所長から御指導頂いている。基本的知識は必要だが、自分で使い方を会得していくものだ言われていたが、やっとその意味を実感している。以前は東洋医学の奥の深さに尻込みしていたが、ようやく面白く感じるようになってきた。

2011年9月22日

 所長はしばしば私に対して、頭の使い方について色々なアドバイスを下さる。そのうちの1つに、「同時に複数の事柄について考える」ということがある。その逆の頭の使い方なら、学生時代に試験勉強を通じてさんざん強化してきた。即ち、「余計なことは考えず、1つの事柄を集中して考える」。現代のパソコンは、複数のソフトを同時に立ち上げることができるのが当たり前になっているが、1995年以前は一度に1つのプログラムしか実行できないパソコンが主流だった。私の頭の使い方は古いパソコンのようで、複数の問題に直面すると時間がかるし下手すると「フリーズ」する。ところで、当診療所の目指す統合医療においては、医者は同時に複数の視点で診療することを求められる。古いパソコンのような頭では追いつかない。その対策のためもあってか、所長は先日、私が使わせて頂いている診療室にホワイトボードを掲げて、診療の際に重要な事を書いておくよう指示された。よく外来診察室には、医者はメモをデスクや壁に貼っておくが、大きなホワイトボードは見た事が無い。自宅にあった90×60cm大のホワイトボードを持ってきて、電子カルテの上の壁に吊り下げた。書き込む内容は細かことまで含めばきりが無い。優先順位を考え取捨選択し、関連することを思い出し易いようキーワードを選んで項目ごとに分類し、一目で把握できるようなレイアウトになるよう工夫した。それ以降、診療中の思考の流れがスムーズになったように思う。これをきっかけに、訓練すれば頭の使い方を変えられるかもしれない、と希望がわいて来ている。

2011年10月25日

 「相手の立場になって考えよ」と所長から再三御指導を受けている。自分では配慮したつもりでも、考えが浅くて失敗することがある。先日も、ある10代の患者さんの診療中、放射線について話していた際、チェルノブイリの原発事故を話題に出したが、彼は「?」という顔をした。そうだ、チェルノブイリは1986年のことで、20代より若い人達にとっては直に接していない事柄だった。普段、若い方と接する機会が少ないせいもあるが、配慮が足りなかった。
 そのチェルノブイリの事故から数年後、私が学生で20才くらいの頃に好んで聴いていた歌の中に反原発ソングがあった。そのことを思い出し、CDを取り寄せて聴きなおしてみた。ほぼ20年ぶりだ。思うに、もし若かった我々の世代が反原発のメッセージを受けて、行動に移していたら、今の福島の状況は無かったかもしれない。自分はその間、何やってたんだろう。目の前のこと、自分と自分の周囲のことばかりに意識が偏って、自分の属する社会や世界の問題に関心を失っていた。何も考えず、ただその日ぐらしをしていただけだった。
 私達は、今度は所長からメッセージを投げかけられている。2011年8月のメッセージの中の呼びかけをどう受け止めるか? どう行動したらよいか考えよう。先の歌を歌ったロックシンガーは2年前に喉頭癌で亡くなったが、ある歌詞が私の頭の中をめぐっている。
「ほんの少し考えりゃ 俺にも分かるさ」

2011年11月21日

 小学生の頃、父親から半田付けの手ほどきを受け、雑誌の記事通りに電子部品を買ってきてはラジオなどを作って遊んでいた。自分で組み立てたものが機能するのが面白くて、どうして作動するのかはあまり知りたいと思わなかった。今の趣味のパソコンも同様、パーツを自分で揃えて組み立て、ソフトを使うことは出来るが、集積回路が情報をいかに処理しているかなど基本的な仕組みに興味が向かない。所長は私を評して「表層的」とおっしゃる。本質的なところに目が向きにくいのである。
 そんな自分に、所長はもっと物事をつっこんで考えるように、機会を与えてくださっている。例えば、一昨年発生した新型インフルエンザについて、調査を命ぜられ今も継続している。先日、今までの結果をまとめて報告する機会があった。それを通じて、今回は自分なりによく考えた。新しいウイルスについては、知られていない点が多々ある。発生の経緯、臨床症状、今後の動向…。仮説を立て、事実と照合して検証し修正していく。研究者としては基本的なことかも知れないが、自分が今まで取り組んでこなかったことだ。
 しかし、自分で考えるということは、案外面白いものだと思った。経験上、断片的な知識を詰め込むのが「勉強」だと思っていたので、「勉強はやらねばならないが面白くない」ものだった。しかし、情報を総合して物事の全体を自分なりに明らかにするのが勉強だとすれば、本当は勉強は面白い。これからは子供に「どーして勉強しなきゃならないの?」ときかれてもちゃんと答えられそうだ。

2011年12月20日

 少なくとも20年くらい前までは、新潟で冬に青空を見ることはほとんど無かったが、近年はそうとも言えなくなってきた。特に今年は12月に入っても日差しにまぶしさを感じる日が何日かあった。しかし先週から雪が降り始め、師走らしい気分になってきた。
 この1年を振り返ると、3月11日を境に、日本の国は変わってしまったという印象が強い。もう、去年までと同じではない。それに伴い自分の意識も行動も、激変とまではいえないが、去年までとは異なると言わざるを得ない。もはや「ただなんとなく生きている」訳にはいかなくなってきた。自分で「何が本当のことなのか」探すようになった。
 しかし、情報をただ集めるだけでは混乱するだけである。分析が必要であって、なんでも鵜呑みにしないで考えなければならない。さらに、所長からは(科学は)分析だけではなく、そこから将来を予測することが大事である、と教えていただいた。そこで今後は次のように自分の生き方を改めてみようと思っている。

情報収集→分析→予測→行動→結果→分析→(以後繰り返し)…


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